来た道、行く道

 木造の一軒家の廊下に、ぽつんと置かれた古びた時計がひとつ。成人男性ほどの高さのある細長いそれは、木とガラスでできており、昭和を彷彿とさせるシンプルなデザインだ。下部はガラスに覆われ、中では振り子が一定のリズムで揺れている。上部には文字盤があり、間もなく長針が「12」を指そうとしていた。

 カチと長針が動き、ぼーん、ぼーん……と鐘の音が家中に響く。その低く鈍い音で、家主である正雄まさおは目を覚ました。

 年金生活を送る彼の朝は、決まってラジオのスイッチを入れることから始まる。今日も朝の支度の傍らにラジオを置き、着替えや朝食の準備をしていた。ラジオから流れてくるのは聞き慣れないリズムと、聞き取ることすらかなわない歌詞の音楽。かつて心躍らせた昭和のメロディの面影は、そこにはない。

 最近の音楽はどれも情緒がない、と正雄は思う。曲は始まってすぐ終わるし、歌詞は鋭い言葉のオンパレードだ。まるで機械のような歌声はまったく心に響かない。いくつもの歌声が重なったり、早口で歌われたりする曲を生身の人間が歌えるわけもなく、歌唱の面白みがない。歌は助走や余白があってこそ楽しく、心のこもった想いを人間が歌うからこそ価値がある。まったく、なんと嘆かわしいことか。

 それでも正雄はラジオを聴くのをやめない。――時代に取り残されるのが怖いからだ。

 自分はどんどん老いていく。それに反して時代はものすごい勢いで進化していく。ようやっと覚えたことが、もう古いと切り捨てられ、現代のスピードに心も体もついていけなくなっていた。そんな自分が情けなく、やるせない。そして、社会との繋がりがない疎外感に苛まれる。

 だからこそ、「今の音楽を聴いている」という事実が正雄には必要だった。自分の感想はどうあれ、大衆の一部になれたような気がするからだ。

 ぼーん、ぼーんと時計がまた鳴った。❝時代遅れ❞なそれは、まるで自分に似ていると正雄は思った。当時は美しかったあの時計も、今では木が白茶け、ツヤが消えている。かつてステータスだったその大きさも、今ではただの邪魔者だ。変わらずにいると言えば聞こえはいいが、どうあがいても変われない自分と、あの時計は同じだ。

 それでも正雄は生きていかなければならない。――刻が止まるそのときまで。

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 この作品は、2024年8月に、pixivで行われていた小説投稿企画『「pixiv1000字ショート』にて投稿したものになります。

+ あとがき

 この投稿作品、私にとっては第三者から目に見える形での活動が久方ぶりで(色々あってサイトは運営していたものの長らく更新はしていませんでした)、作品をアップした際はドキドキしたのを覚えています。
 その感情は、まるで初めてサイトを立ち上げて投稿したときのような緊張感と達成感に近いものがあり……やっぱり書くことは楽しいなと、実感した瞬間でもありました。  この企画に参加してみようと思ったのは、本当に何気なくでした。

 pixivにログインした際に、たまたま企画が目に入り、最初はそういう企画もあるのだなあとスルーしていたのですが、ふと「長らく活動していない今の自分でもできるだろうか」と思ったんです。

 1000文字。
 数字の大きさの割に、意外と文としては短くあっという間だったりします。
 X(Twitter)無料ユーザーが1度の投稿で書ける最大文字数(140文字)であれば約7回分です。

 しかし、長らく人に見られるような作品を作ってこなかった私には、そのたかが1000文字がとても高い壁に感じました。

 やれるのかな、どうなんだろうか。

 1000字くらい出来ると思う自分。
 一方で、「1000文字くらい」と軽く見てるクセに、出来なくなってたらどうしようと不安に思う自分。

 どちらにせよ、やってみないことには実力なんぞわからん! と勢いでパソコンのテキストアプリを起動。そして、すぐに後悔しましたね。
 このときの私は書き進めることはおろか、たった一文字のタイピングすらできずに固まってしまいました。あのときはホント、焦りましたね。

 そんなときにふと、若い時はよかったな……なんて思ったんですよね。
 後先なんて考えず、やりたいことをやりたいままにやれる行動力だとか頑固さと、なにをしても情熱的だった心が本当に羨ましく思ったんです。それに比べて今はどうだって思ったら情けないのなんの。

 老いと一口に言ってしまえばそうなんですが、この空しさに近いものを消化したく思い、「若い頃はよかった」をテーマにして、いつか訪れる未来を書いた作品となりました。

 出来上がってみると、ブランクがあったわりになかなかいい作品じゃないかと思う一方で、昔に書いた文章の方が上手かったように思うし、何より下手なりに魂があったなと思ったりもして。
 過去の自分に負けたような気分になったのがなんだか悔しくて、今も執筆を頑張ろうともがいています。

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