Risk * 危険

 

 テーブルゲームっていうのは、なかなか奥深いもんだ。気軽に遊ぶことも出来るし、戦略を練って相手と探り合いをするのもまたコレが面白い。相手が策略家であればあるほど、こう燃えてくるものがある。
 そして、今ぼくは絶対に負けられない戦いをしている。

「よっしゃあ、ロン!」

――そう、麻雀だ。
 負けられない理由は2つ。1つは、ぼくが得意とするハッタリと運を最大限に使えるゲームだということ。そして2つめは‥‥。

「‥‥キサマァ‥‥、矢張ぃぃ!」

「まぁまぁ。検事、落ち着くッス。」

――このメンツだからだ。
 ぼくに矢張、イトノコさんにそして御剣。矢張とイトノコ刑事に負けるのは何となく、ぼくのプライドが許さない。御剣に負けるのは単純に悔しいし。だから負けられないし、絶対に負けたくない。

「ありがとなぁ、御剣ぃ~。」

 軽い調子で矢張がお礼を言う。からかっているような、人をおちょくってるトーンだ。そんなチャラけた男に捨てた牌であがられた、ぼくのもう1人の幼なじみは雀卓を叩いて眉間にシワを寄せて睨みつけていた。――雀卓、叩くなよ‥‥。

「気持ちは分かるけどさ、ロンなんてよくあることじゃないか。」

「ああ! 確かに少なくはない。だが!」

 声を荒げて叫ぶ御剣が矢張の手元を指さした。そこには当然13個の牌が仰向けになっている。数牌が連番で作られているところから、どうやら矢張はピンフだったらしい。

「ノミ手だけは許せないんだ!」

 言い切り御剣は矢張をまた睨み付けた。
 矢張がアガった手はピンフ。他の役と混合どころかドラがあったわけでもなく純粋にピンフ“のみ”だった。こんなに怒る御剣を見るに、おそらく高い役を作っていた中で潰されたんだろう。何も考えていない矢張に。しかもロンで上がられて。終いには1飜と来たもんだ。‥‥まぁ、御剣の気持ちは分からなくもないかな。

「まあまあ、ノミ手蹴りも1つの作戦ッスよ。御剣検事。」

 現在、14000点で最下位のイトノコさんがにこやかに言った。なんだかんだ言ってもさすが大人だ。器が大きい。やっぱり最下位が言うと説得力が違う。

「そうそう。遊びなんだから気楽に行けばいいだろ?」

「‥‥うム。」

 落ち着いたのか、御剣はジャラジャラと牌を崩し始めた。ふぅ、これで一段落‥‥。

「そうだぞ、御剣! オマエ、トップなんだから少しくらいいいじゃねぇか。大人気ねぇぞ。」

「矢張! お前はバカか! なんで火に油を入れるようなマネすんだよ!」

 落ち着いたと言っても、あの御剣だ。とことん負けず嫌いで、自分がかまわれることを心底嫌う。根に持つヤツで、おまけに富裕層のクセにケチだ。しばらく会っていなかったけど、御剣は小学生の頃から何一つ変わっちゃいない。‥‥良くも悪くも。

「‥‥け、検事?」

 イトノコ刑事が声をかけると、御剣は俯いていた顔を上げてニヤリと笑った。口角は上がっているけど、目は笑っていない。鈍い光が見えるような気がする。

「フッ‥‥。大人気ない、か。矢張、キサマもノミ手蹴りなど楽しむヤツのすることではないな。」

 そう言いながら、御剣は腕組みをし、トントンと人差し指を動かしては左腕を掴む動作も繰り返している。
 マズい。御剣が不機嫌になっている。ぼくが言葉を発するより前に、御剣が続けて言った。

「‥‥あぁ、そうか。キサマは卑怯で姑息で逃げるのがムカシから上手かったな。何が何でも勝ちたいお前にはのみ手蹴りは最適な手段だよ。」

 片方だけ口を吊り上げて笑う御剣はわざと矢張から目線を逸らして言った。その瞳は呆れたと言わんばかりの目をしている。

「なにィ‥‥?」

 言いたい放題言われた矢張はムッとした表情で、御剣を見ていた。明らかに敵意を剥き出しにしている矢張と違い、御剣は余裕の笑みを浮かべていた。

「怒らないでくれないか。私は褒めたつもりなのだが。それとも、そこまで考えていなかったのだろうか? そうなると矢張は麻雀は3つ揃えればいいと思っているルールも知らないお子様だということか。ならば、のみ手も仕方ないだろうな。キミの力量も知らず、それはすまないことを言った。」

 フッ、と御剣は鼻で笑うと蔑んだ目で矢張を見る。――おいおい、そんなこと言ったら‥‥。

「ンだとォ!! ヤんのか、コラァァ!!」

――簡単にノってくるに決まってるだろ‥‥。
 矢張も矢張で変わっていない。そのまま大きくなったような男なんだ、コイツも。

「中卒だからってバカにすんじゃねぇぞ!! 表出ろ! 御剣ぃ!」

 叫ぶ矢張の威勢はいいが、ドスの効いた声でも相手が怖がるような巻き舌でもない。ただ軽い男が叫んでいるような感じだ。

「ハッ! どうして私が外に出なければならない。キサマが1人で出て行け。」

「なんだよ! 言葉じゃないと勝てないのか! そうだよなー。麻雀も弱いしなー、御剣は!」

――子供か!
 矢張の言い分にぼくは心の中でツッコミを入れる。だいたい、そんな見え透いた挑発に御剣がノるわけがない。なんて言ったって天才検事なんだから。

「いいだろう。歯が取れても顎関節症になっても泣きゴト言うなよ。」

――お前もノっちゃうのかよ! しかも顔面狙う気満々じゃないか!

「ストップ! ストッープ! 刑事の前で暴力ザタは許さないッスよ!」

 間にイトノコさんが慌てて入った。言い合っていた2人はピタリと静かになり、イトノコ刑事を見ている。

「それに、御剣検事! 犯人を裁く検事が人を殴っちゃダメッス! ‥‥アンタもッス。その場で現行犯逮捕するッスよ。」

 イトノコさんの言い分を聞いて2人はすっかり黙ってしまった。ぼくでさえ、もう手に負えないと放棄していたのにさすがだ。やっぱり彼は刑事なんだと当たり前のことなんだけど、感心した。‥‥それにちょっとカッコイイな。

「そうだな。」

 納得したのか、御剣はそう呟くと腕を組んで目を瞑った。矢張も腕を組んで唸っている。やはり、イトノコさんの言葉は大きく響いたらしい。

「‥‥しかし、刑事という肩書きを振りかざす前に、もう少し刑事としての努力をしたらどうだ。」

「そうだ! 前に5人タイホしてくれたの、忘れないんだからな!」

「‥‥5人じゃない。誤認だ。」

 人差し指を忙しなく動かして言う姿から御剣は相当苛立っているらしい。せっかく止めに入ってくれたイトノコ刑事が、とばっちりを受けてしまった。彼がちょっと潤んだ瞳で、こちらを見た。

「そ、そう言えば、今何時なんだろうなあ!」

 独り言にしては白々しい声の大きさで、ぼくは後ろにあるはずのない時計を振り返り見た。
 ごめん、イトノコギリ刑事。ぼくはコイツらに挟まれて散々、痛い目に遭って来たんだ。それはもうイヤってほどに。

「表に出たまえ。二度と証言も出来ないようにしてやる。」

「オマエだって、二度とメイちゃんの周りをうろつけないようにボコボコだー!」

「そうなったら、傷害罪で訴えるからな!」

 都合のいいときだけ法律を持ち出した御剣にぼくはバレないように苦笑した。‥‥それに御剣を遠ざけたところで、狩魔検事がまず矢張に近づかないと思うんだけど。

「はぁ‥‥」

 遠ざかっていく2人の怒声とそれを止めようとするイトノコさんの声を聞きながら、ぼくは一人溜め息をついた。テーブルゲームが気軽? 一体どこが気軽だと言うんだか。むしろ逆にキケンなんじゃないか? 今起きたこととムジュンしている。
 とりあえず、ここはアレしかない。アレを言わずには居られない。
静かになった部屋の中でぼくは小さく呟いた。――異議あり、って。

 

「なんだっけ、出すと死ぬって言われてるやつ。」

 矢張が牌を見つめながら、ふと口を開いた。その手元近くにある横になっている6つの牌を見てぼくは思わず苦笑する。キレイに丸ばかり並んでいる。となれば見えてない牌もピンズだと予想がつく。

「チューレンポウトウだな。‥‥しかし本当なのだろうか。」

 御剣は少し唸りながら牌を捨てた。コイツは矢張とは違って逆に滅多にポンなどはしない。狙っているのはコクシムソウか? いやでも、決めつけるにはまだ早い。あくまで可能性だ。

「なんで死ぬッス?」

「それだけ運次第の役ということだ。チューレンは数牌で作られる役だからな。1から9‥‥全て集めるだけでも確率としてはかなり低い。」

「さらに揃った上に1と9をもう2つ、2から8のうち更に1つの牌で出来る役だから‥‥。一生分の運を使い果たしたって言っても過言じゃないね。」

 そう言いながら、ぼくは拾った牌と睨み合う。ドラもあるし、ピンフとイーペーコーで無難なとこかな。

「へぇ‥‥。まるで成歩堂の人生みたいだな。チューレンポウトウって。」

「‥‥おい。誰が運次第だって言うんだよ。」

「クックックッ‥‥確かに。」

「御剣、お前までなぁ‥‥」

 ぼくはそんなに危なっかしい人生じゃないぞ。運だけでやって来たつもりもない。‥‥いや、確かにツイてはいるとは思うけど。

「いや、失礼。悪く取らないでくれ。ただ、キミの裁判はに負ける可能性が極めて高いのに逆転勝訴だからな。チューレンと同じくらい稀だと思ったのだよ。どんなに悪くても役なしテンパイには持ち込むだろう? 本当‥‥いい牌を掴む。」

「麻雀用語を絡めて言われると褒められてる気が全くしないんだけど。‥‥ほら、早く拾ってなにか捨てろよ。」

 どうやら麻雀ギャグがツボに入ったらしい御剣はまだ笑っている。促されてようやく、一萬を捨てたとき「ロンッス」と小さな声が聞こえた。

「「は?」」

 思わずぼくと御剣の声が重なる。
イトノコさんのアガリを見れば牌は綺麗にマンズだけが並んでいる。それも一萬が2つ、九萬が3つ。二萬が2つ、三から八萬は1つずつ‥‥。今の御剣の捨てた牌で一萬は計3つになった。
 これってもしかしなくても、もしかして。

「あ、チューレンポウトウってヤツだな。」

 そう。矢張の言う通りだった。しかもマンズを使ったチューレンだ。役の中でも正統派な綺麗な形。だけど、純チューレンじゃなかったのは惜しいところかな。まぁ、誰も作るとは思わないから純チューレンしか認めないというローカルルールは作っていないけど。

「‥‥すまなかった、刑事。キミにはもう少し優しくしてあげればよかったな。」

「え。」

 俯いて、悔やむように呟いた御剣の言葉にイトノコさんの表情が固まった。

「私は‥‥キミにとっては厳しい上司に映っただろうな。今更ながら自分のしてきたことに、反省してしまう‥‥」

 御剣は声を震わせて続けて言った。声だけじゃない。肩も小刻みに震えている。‥‥いや、笑ってるだろ、お前。

「そ、そんな‥‥こと言わないで欲しいッス。自分は、自分は‥‥」

 イトノコさんが涙ぐむ。まるで、この世の終わりかのような顔をしている。イトノコ刑事は「ちょっと風に当たってくるッス」と言うと、ふらりと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

「‥‥悪ふざけしすぎじゃないか?」

 たかが、ゲーム。されど、ゲームだ。ましてや生死に関わることを気にするなと言うのは無理な話だ。さすがにイトノコさんが可哀想に思ったぼくは御剣を咎めた。しかし、御剣は相変わらず悪びれもなく笑っている。

「ククク‥‥。いいんだ、これくらい。それによく見てみろ。」

 そう言った御剣が指をさした先にある牌は、イトノコさんがアガった牌――御剣が先ほど捨てた一萬があった。それがどうしたんだ、と言おうとして、ぼくはハッと気付いた。よく見ると、一画目が少し薄れて見えづらいが二萬のマンズだ。

「これは‥‥」

 つまり、チューレンになるには一萬が1つ足りないし、二萬が3つも重複していることになる。これでは一萬と九萬が3つ、二から八萬と任意の数牌で成るチューレンにはならない。

「なんだ~。違うのか。まったく、そそっかしい刑事だな。」

 珍しいものを見れたと思っていた矢張が残念そうに言った。若干、ぼくも残念に思ったけれど‥‥多分イトノコさんはお前にだけはそそっかしいなんて言われたくないだろうな。

「まあ、仕方ないだろう。注視すれば気づくが、チューレンの話で盛り上がっていたのだ。平常ではなかったのだろう。」

 確かに。きっと、ぼくだって焦るだろう。――にしても。

「御剣。知ってたなら教えてやればよかっただろ。」

「ククク‥‥。焦る彼の顔も見たかったのだよ。」

「性悪だな。」

 知っていて見て見ぬフリをするなんて、どこまで腹黒いんだ。コイツは。

「そうは言うが成歩堂。私がコクシを狙っていると、キミなら気付いていたのだろう?」

「まあね。」

 それは捨てていた牌で何となく、やんわりとだけど考えていた。コクシムソウは各数牌一、九と字牌で成る役だから基本的に2から8の数牌を捨てることになる。だから、コクシを狙っているはずの御剣が一萬を捨てたときは意外に思ったもんだ。――まぁ、正確に言えば“一萬”じゃなくて“二萬”だったわけだけど。

「コクシを狙う私が一萬を捨てる可能性はないわけではないが‥‥まあ低いだろう。だからキミは気付けたはずだ。これが“二萬”だと。」

「うぅぅ‥‥」

可能性を言われたら何も反論出来ず、ぼくは唸ってしまった。考えなしの矢張よりも、平常心を失っていたイトノコさんよりもぼくは薄れた一画目に気づけたはずだからだ。

「つまり、キミも同罪なのだよ。成歩堂龍一。」

 そう言ってニヤリと御剣は笑った。その不敵な笑みは法廷を思い起こさせる。

「じゃあ罰符だな。」

 ニコニコと笑いながら矢張が点棒を入れている箱をそっと出した。――払えってか! なんで罰符だよ!

「異議あり! あの話題の中、マインドコントロールされていた可能性だって‥‥」

「異議あり! 弁護人は先ほど自分で二萬だと気付いたはずだ。それにチューレンの話題は刑事ならばともかく、私たちにはたわいもない日常会話だ。相手の動きを見ずにキミは麻雀をしていたとでも?」

 ぼくの反証に、御剣がすかさず異議を唱えた。法廷ではないにしても、この迫力は負けそうになる。

「そして、この雀卓、牌。これらは全てキミの持ち物だろう。薄れた二萬に気づかないとは言わせない!」

「うぅぅ‥‥」

 いい案も言葉も思い浮かばないぼくに、さらに御剣が追い討ちをかけてきた。この裁判もどき、ぼくの手元には証拠が少なすぎる。でも、諦めるわけにはいかない。

「い、異議‥‥」

「ん? どうした。異議があるなら言ってみろ。」

 ねじ伏せてやると言わんばかりの目で、ぼくを睨みつけて御剣は言う。くそ、ならば言ってやろうじゃないか。

‥‥‥‥‥‥‥‥。

「異議‥‥なしです。」

「よろしい。」

 ふふん、と上機嫌に鼻で笑った御剣にぼくは何も言い返せないまま、全員に1000点払うハメになってしまった。なんで、気づけた可能性で罰符なんだよ。クソー‥‥。覚えてろよ、御剣。

「絶対、泣かすからな。」

「ふん‥‥。やれるものならばやってみろ。」

 たかが、ゲーム。されど、ゲーム。
気軽に始めたゲームがとんだリスキーゲームになってきてしまった。

 

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